中低層庁舎(制振構造など)

インタビュー記事
この記事は地方の庁舎で制振・免振構造を用いた事例について、学生からの質問を元にインタビュー形式でまとめたものである。



Q. 通常の耐震構造と制振構造、免震構造の違いを教えてください。

A. 建物を構成する柱や梁などの主構造⾃体が損傷することで地震のエネルギーを吸収する耐震構造に対し、主構造内に制振部材を設けた制振構造や免震部材に
 よって建物を絶縁する免震構造は主構造を損傷させないため、大規模地震の発生に対しても人命の安全確保や十分な機能確保が可能となります。

       耐震構造                       制振構造                      免震構造


Q. 制振構造や免震構造を身の回りであまり見かけないのはなぜですか?

A. 制振・免震構造を扱える構造設計者が少なく、発注者側も中小規模の建物に制振・免震構造を用いるという方法を知らない人が多いのが現状です。
 そのため、高層ビルのような大規模の建築物以外ではあまり使われていません。


Q. なぜ中小規模の庁舎に制振構造を採用しようと思ったのですか?

A. 2016年の熊本地震では、実際に中小規模の庁舎が壊滅的な被害を受け、災害対応が遅れたとともに市町の業務機能も一時的に停止してしまいました。
 このような事態を防ぐため、特に地方の庁舎のような災害時の拠点となる公共建築物には、大きな地震に対しても建物が損傷しない、もしくは軽微な損傷に
 抑えるよう設計する必要があると考えています。


Q. 制振・免震構造は、耐震構造に比べて金額はどの程度高くなりますか?

A. 制振構造は効率よく制振部材を配置することで、耐震構造に5%程度の追加コストで設計が可能です。
 そのため、ライフサイクルコストを考慮すると中小規模の建物に制振構造を採用するメリットは十分にあると思います。


Q. 中小規模建築物で制振・免震構造が今後普及していくにはどうすれば良いでしょうか?
A. 中小規模建築物と相性の良い制振構造のアレンジ方法があるので、公共建築物だけでなく低層の事務所などで使われるようになれば、中小規模建築への制振
 構造の需要が高まっていくと考えられます。
 制振・免震構造は主に大手の設計事務所が設計した高層建築などで採用されていますが、このような先進的技術をアレンジして裾野を広げることもアトリエ
 構造設計事務所が担っていくべき役割であると考えています。


Q. 今回紹介する3件の庁舎はどのような構造としていますか?

A. 2件は山形県で初と2番目となる制振構造の庁舎、1件は強度型の耐震構造としたうえで必要に応じて配置できる床免震を提案した庁舎です。
 いずれも従来の耐震構造と比較して異なったアプローチ(下図)から、高い耐震性能を確保することを提案した庁舎です。

耐震構造・制振構造・免震構造




尾花沢市庁舎

外観写真


Q. 尾花沢市庁舎の概要を教えてください。

A. 山形県北部村山地方に位置する尾花沢市の新庁舎です。
 尾花沢市は、すいかなどの果物の生産や銀山温泉など観光地としても有名です。
 人口減少による公共施設の再編や2016年の熊本地震での庁舎の被害を受け、庁舎の耐震化の必要性から建て替えをすることになりました。


Q. 構造の概要を教えてください。

A. プロポーザルで選定された、山形県初の制振構造で設計された庁舎です。
 主体構造を鉄⾻造ラーメン構造とし、低コストで効率的な制振構造としてソフトファーストストーリー制振(1階集中制振)を提案しました。


Q. 具体的にはどのような構成となっていますか?

A. 2,3階は⻑⼿方向に耐震間柱、短⼿方向に座屈拘束ブレースを配置して⽔平剛性を⾼め、相対的に地震時の⽔平変位が⼤きくなる1階に制振ダンパー(粘性
 ダンパー)を集中配置し、少ないダンパー数で効率よく制振効果が得られるよう計画しています。

構造ダイアグラム



Q. ソフトファーストストーリー制振とは何ですか?

A. 通常の制振構造は、すべての階にまんべんなく制振ダンパーを配置することで建物の揺れを吸収します。
 それに対してソフトファーストストーリー制振は、ほかの階より柔らかくした1階に制振ダンパーを集中配置することで、少ないダンパー数で効率よく地震
 エネルギーを吸収できる制振構造となっています。

     通常の制振構造(各階に制振ダンパー配置)                  尾花沢市庁舎(ソフトファーストストーリー制振)


Q. なぜソフトファーストストーリー制振を採用したのですか?

A. プロポーザルでの与件として耐震構造を予定しており、通常の制振構造とするとコストオーバーとなってしまうため、少ないダンパー数で成立する効率的な
 制振構造とする必要があったからです。


Q. 水平ダンパーと斜めダンパーを併用した理由は何ですか?

A. 水平ダンパーはレベル3地震の際に変形に対してダンパーのストロークが不足する可能性があったため、フェールセーフとして斜めダンパーを用いました。
 水平ダンパー、斜めダンパーはそれぞれでバランスが取れるよう配置されています。


Q. 長手方向にブレースではなく耐震間柱を用いたのはなぜですか?

A. 内部プランとの兼ね合いで短手方向は間仕切り壁の配置に合わせてブレースを配置し、長手方向は開口部に影響しないように耐震間柱を用いました。


Q. 水平ダンパー支持壁の仕様はどうなっていますか?

A. 基礎からRC壁が躯体と独立して立ち上げられており、水平ダンパーを支持しています。


Q. 使用するダンパーの選定方法を教えてください。

A. オイルダンパー等の速度依存型のダンパーは低層の建物のような短周期の建物に用いるとエネルギー吸収のロスが多くなるため、短周期の建物に高い性能を
 発揮する粘性ダンパーを採用しました。



真室川町新庁舎

外観写真


Q. 真室川町新庁舎の概要を教えてください。

A. 山形県の北部に位置する真室川町の新庁舎です。
 真室川町は面積の大部分が森林で占められ、古くから林業の町として知られています。
 耐震性の不足や施設の老朽化、庁舎の狭溢化などの問題を解決するため建て替えをすることになりました。


Q. 構造の概要を教えてください。

A. プロポーザルで選定された、山形県で2つ目の制振構造で設計された庁舎です。
 1階床から屋根まで⾼剛性の⽀持フレームを⽴ち上げ、屋根下に制振ダンパーを配置する集中制振(頂部集中制振)を提案しました。

構造ダイアグラム




Q. 頂部集中制振とは何ですか?(尾花沢市庁舎との違いは何ですか?)

A. 1階床から屋根までの3層分の変位差が建物頂部のダンパーに直接作⽤するため、さらに効率的に減衰⼒を発揮することが可能です。
 頂部集中制振では通常の制振構造より⼤きな変位が⽣じるため、ストロークの⼤きい免震⽤の粘性系ダンパーを採⽤しています。


  尾花沢市庁舎(ソフトファーストストーリー制振)                       真室川町新庁舎(頂部集中制振)


Q. 尾花沢市庁舎と比べて、斜めダンパーを少なくしたのはなぜですか?

A. 真室川町新庁舎では免震用ダンパーを使用したため、ダンパーのストロークが大きくフェールセーフが不要の構造形式となっています。


Q. ダンパーの支持フレームの仕様はどうなっていますか?

A. 尾花沢市庁舎と同様に、構造体から独立して基礎から立ち上がったフレームと屋根を直接つないでいます。


Q.尾花沢市庁舎と真室川町新庁舎でコスト面の差はありますか?

A. 尾花沢市庁舎と比べて、真室川町新庁舎は使用したダンパーのコストは高いですが、設置した数が少ないためコストはほぼ同程度となりました。


Q. 制振・免震構造は耐震構造と設計方法に違いはありますか?

A. 尾花沢市庁舎と真室川町新庁舎は鉄骨造のラーメン架構だけで基本的な耐震性能を確保したうえで、付加制振としてダンパーを用いた設計となっています。



河北町新庁舎


外観写真


Q. 河北町新庁舎の概要を教えてください。

A. 山形県の中央部に位置する河北町の新庁舎です。
 河北町は、最上川と寒河江川に囲まれた風光明媚な自然環境が特徴です。
 旧庁舎は築56年で震度6強の耐震強度を満たさないとされたため、建て替えをすることになりました。


Q. 構造の概要を教えてください。

A. プロポーザルで選定された、一部に床免振を採用した耐震構造の庁舎です。
 外周に壁柱状の耐震壁を配置した強度型の耐震壁付ラーメン構造として充分な耐震性を確保し、中央の執務空間は機能性と将来的なフレキシビリティを確保
 するため、PCa床版を用いた無柱空間としました。

構造ダイアグラム



Q.床免震はどこに、何のために設けたのですか?

A. 災害発生後迅速に災害対策本部としての機能を確保するため、災害時に特に重要となるスペース(町議-災害対策本部 等)に家具什器類の転倒防止などを目的
 として床免震を設けています。
 ※コスト等の関係で、最終的に床免震は不採用となってしまいました。


Q. 主構造を耐震構造のみとしたのはなぜですか?

A. プロポーザルの与件として主構造をRC造とすることが求められており、強度の高いRC造と制振構造の相性が悪かったため、大地震でも耐えられる強度型の
 耐震壁付きラーメン構造としました。